傷病による休職からハローワークを利用するまでの道のり
傷病から休職に至り、そのまま傷病手当金受給期間を過ぎて、さらに失業保険に移行できずに傷病期間を延長している状態。
ここの至るまでにさまざまな経験をしたので、シリーズでまとめていきたいと思います。
大まかな区切りは以下の様になります。
第1期:休職〜初回傷病手当金受給まで
第2期:第2回受給までの苦労
第3期:傷病手当金受給時期の遅れ〜家計の圧迫増加まで
間期 :この時期までの重い、精神状態の経過など
第4期:退職勧告〜退職まで
第5期:退職〜傷病手当金終了まで
<現在(2026年4月)はこの時点>
第6期:傷病手当金終了〜収入補償入金まで
第7期:収入補償〜ハローワークへの移行
次期 :ハローワーク〜仕事に就くまで
第1期:休職〜初回傷病手当金
パワハラに合う
202X年8月、パワハラにあう。
振り返ればその2年前に肉体労働的な部署から腰痛のため事務職へ異動。
その部署では少人数閉鎖空間で部署長のパワハラが横行。
パワハラ委員会へ訴え部署長は別部署へ異動。
部署長の後任は何故か事務職ど素人の私に辞令。
がむしゃらに打ち込むもミスを連発、バックアップ得られず、売上著減、そのどん底の時期に他部署上司からのパワハラ。

メンタルクリニック受診
正直、精神的にだいぶ参っていたと思います。週末の一人出勤で整理整頓し、月曜日にメンタルクリニック受診し、適応障害の診断を受けました。
職場にはしばらく休暇がほしいことを連絡し、1ヶ月後の再診時に医師の意見を伺いながら休養、治療を進めていくように指示がありました。
その時は「自分は病気ではない、次へのステップのためにこの休養期間に準備を進めていきたい、進めていける」という意気込みでした。
でも今振り返るとその時の精神状態はやはり病気やったと思います。ネットでこんな時はみんなどんな仕事を選択しているのか、自分一人でもできる仕事はないのか、色々調べ家族にも相談し、うまくいけばこんだけの収入が見込めるなど、全く当てのない空想を繰り返す日々が続きました。
傷病による休職中の身、当然収入につながる様な仕事はできず、手当金にすがる生活が中心となりました。

傷病手当金申請書
健康保険傷病手当金給付申請書(通常4枚1セット)、この書類は職場の健康保険組合や協会の書式が職場から渡されます。慣れれば問題ないのですが、最初はちょっと厄介に感じます。1、2枚目は自分で記載、この時、休職前の仕事内容の記入忘れが多いので注意が必要です。記入忘れがあると差し戻されて、手当金給付に時間がかかってしまいます。
4枚目は医師の診察時に記入してもらいます。傷病手当金申請書の医師の記入は1ヶ月以内なので、その月の1日〜30日(31日)にするとスッキリします。最初の時に1ヶ月未満でもその月の月末までにしておいて、翌月から1ヶ月単位で提出するとスッキリします。
(*注 給付対象期間は4枚目の「労務不能と認めた期間」になり、その期間は未来の日付が記入できません。例えば労務不能期間が4月1日〜4月30日の場合は5月の最初の診察時にその期間を医師に記入してもらうことになると思います。)
私の場合は傷病手当金給付期間の開始日が職場から9月20日と連絡がありました。これは有給休暇を全て消化した日付が9月20日ということになります。何も知識がなかった私は9月20日から10月31日までの期間で医師に4枚目を記入してもらおうと思ったのですが、医師から「1ヶ月以内しか記入できないので、どうしますか?」、と言われてとりあえず9月20日から10月19日までの30日間でお願いしてしまいました。それから約1年3ヶ月このリズムで申請していました(前月20日〜当月19日)。
ちなみに傷病手当金申請書への自己負担金は当時は300円でした。診断書はそのクリニックや病院によって変わりますが、ほとんどの場合は5,000円前後だと思います。
なぜ月単位で申請した方が良いのかはまた別の記事で説明させていただきます。
さて私が苦労したのは3枚目です。私の場合は休職中なので、4枚全てを職場に郵送し、3枚目を職場で書いてもらい、そのまま職場から4枚まとめて健康保険組合に送付してもらう手順でした。
流れとしては1、2枚目は自分で記入、4枚目をその月の20日以降にメンタルクリニックを受診し、その時に医師に記入してもらう。できる限りその日のうちに4枚揃えて職場に郵送し、職場で出勤状態を3枚目に記入してもらい組合に郵送する。
もし、退職していたら3枚目は空白のまま組合や協会に提出すると思います。実際、退職後にも傷病手当金を受給しましたが、3枚目は空白のまま組合に直接郵送しました。
何が苦労したのか、いや正確には不安に感じていたのかというと、職場が早期に対応してくれていたかどうかと言うことです。休職初期は電話でのやり取りなどありましたが、徐々にその連絡も途絶えがちになり、メールを送っても返信がないなど、この後に訪れる手当金給付の遅れに対しての不安が職場の対応にあったのではと余計な気苦労が加わってしまったことでした。
職場の人事部が忙しいのは重々承知しているのですが、メールの返信がないなど確認方法が限られている身としては辛い日々が続きました。これもまた他の記事でまとめてみたいと思います。

初回傷病手当金受給
その様な流れで初回の傷病手当金を受給できたのは1ヶ月後でした。8月下旬から有給休暇を消化し9月20日から休職扱い、10月下旬に傷病手当金申請書を提出し、振り込まれたのは11月下旬でした。
無休期間は約2ヶ月間でした。10月、11月は無休の間に健康保険料と厚生年金の請求書が職場からあり、かなりの金額が請求されました。正直、無給状態で2ヶ月分の社会保険料を振り込むのは痛かったです。
私は貯金を食い潰して最初の社会保険料を捻出しました。退職すれば違っていたのかもしれませんが、社会保険料はかなり家計を圧迫します。
この請求額を見てさらに焦って「働かないと」と強烈な不安が襲ってきていたのも事実です。医師からはゆっくり休んで精神的にしっかりと安定できる様にしましょう、とか周囲からはしっかり休んでしっかり治してから復帰した方がいいよ、と言われます。私自身もしっかり休んで心を整えてから就職活動しようと思いましたが、実際には生活する基盤のお金、収入がないと心は休まらないとその時は感じていました。

今、第1期を振り返ると
さて1年10ヶ月経った今はどう感じているのか?
もし最初の社会保険料が支払うことができて、他に借金がなかったら、贅沢せず生活が送れるなら、しっかり腰据えて休むべきだったと思います。焦って中途半端な時間を過ごしてしまったことは若干悔やまれます。中途半端に仕事を探したり、中途半端にブログを作ったり、無計画に一日過ごしたり、本当に何をしていたんだろう、と思います。
そしてよく言われるように、こんな時ほど過去の嫌なことや失敗を思い出してしまうものです。それがぐるぐる頭の中をループして自分が嫌になる、これは間違いなく病気です。だから腰据えて休んだ方がいい。でも休むというのは家に閉じこもることではなく、とにかく出かけてみて、家から出てみて、ショッピングモールでも百貨店でも公園でもビジネス街でもなんでもいい、とにかくゆっくりと過ごせる時間を持つことが大切やったなーと思います。
私はお金が許されれば喫茶店を巡ったりケーキ屋さんを巡ったりしてそんな時間を過ごせたら、とも思いましたが、経済的には困難なので図書館に行きました。でもあまり好手ではなかったと思います。最初の時期は仕事とは関係のない、全く関係ないジャンルのところに視野を広げる方がいいと思いました。
そんな時期が今振り返る第1期だったなーと思います。
また次回は第二期をまとめてみる予定です。
職場で苦しんで休職に至った方々や傷病手当金の申請に困っている方々の参考になればと思います。
